【終了しました】4月15日(土) 15:00~17:00、第151回からつ塾「借用書に見る、幕末唐津藩の財政~財政危機を救った小笠原長光と、長行関連の文書~」

講師:山田 洋氏(松浦史談会会長)
講師プロフィール:昭和11年佐賀市生まれ。長年にわたり松浦史談会事務局長を務め、平成29年より松浦史談会会長に就任。唐津藩内の庄屋文書を始めとする近世文書の研究を行う。

講義概要:幕末の小笠原唐津藩では、藩士達が藩主長国を大殿、老中長行(ながみち)を若殿と呼び、大殿派・若殿派の対立があったと云われている。小笠原長光(ながてる)は棚倉より唐津へ転封した初代藩主小笠原長昌の弟である。御老公、朱門公と呼ばれて領民の信望も厚く、長国の「御政事御依頼」(相談役)として藩政を支え、一方で長昌の遺児敬七郎(後の長行)の後見役として彼を世に出すべく尽力しその成長を見守った、いわば唐津藩の実力者であった。
幕末の唐津藩は財政的に窮乏しており、複数の借用書が残されている。そのような状況を救ったのも長光であった。今回は幕末唐津藩の財政に焦点をあてて、『綿屋小嶋家文書』に残る借用証書を紹介しながら、幕末小笠原藩の財政難救済の立役者という新たな視点から長光を考える。
また、幕府老中として活躍した長行についても、下記の文書を使って話をする予定である。
① 庄屋文書「安政五年萬留帳」(岸田家文書)中の「以書付申上候事」
宗田運平が大庄屋岸田安蔵に宛てた文書で、長行の人間形成に宗田運平との出会いが大きく影響を与えていることが伺える。
② 仮称「小笠原長行の書翰」(個人蔵) 文久3年前後の書簡の下書き
長行が外交関係担当の老中として生麦事件の解決に奔走していた頃のもので、幕末外交史の一級史料と云える。書翰の下書きの宛名には御父上様、朱門様としたものも多く、長行が生麦事件の解決に奔走する中で生じた悩みや心の内を義父長国や叔父の長光にうち明け相談していたことが覗える。

日時: 令和5年4月15日(土) 15:00~17:00
会場: 唐津ビジネスカレッジ  (JR東唐津駅北側、徒歩1分)
参加費 : 1000円(学生500円、中学生以下無料) 
会場は教室形式になっています。当日の健康管理、状況によってはマスクの着用をお願いします。