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「英語と日本人」

  • 開催日時:平成23年5月23日(月)午後7時〜午後9時
  • 開催場所:唐津ビジネスカレッジ(JR東唐津駅前)
  • 参加費:2,000円(大学生以下1,000円)

講義要旨

私は1981年にTBSブリタニカから出版され、1995年に講談社学術文庫として再版になった『英語と日本人』という本を書いたことがありますけれども、英語だとか英語教育の専門家であるわけではありません。
今日の講義でも、そのような専門家が当然の前提としているらしいこと、例えば、英語はできるほどよい、を必ずしも共有しない人間として、お話ししたいと思います。

英語の学習が日本で本当に始まったのは1860年頃からですが、英語を最もよく習得したのは、庶民ではなく、将来のエリートとしての教育を受けることの出来た少数の人々でした。
日本では、明治初めから戦後にエリート養成機関という性格の強かった旧制高等学校が廃止されるまでは、教育のある人ほど伝統的日本文化から遊離する傾向があったのです。
明治期に来日した外国人教師達、チェンバレン、ハーンなどがこのことを証言しています。
自国文化からの疎外ということで一番極端だったのが、ベルツの言う『文化革命』が進行し、日本人が日本語や日本文化をなおざりにする風潮が強かった明治初年に、小学校を終えるか終えないぐらいの時から外国人教師から英語を教授用語とする教育を受け、1876年頃から生まれ始めた日本最初の高等教育機関を日本最初の学士の1人といってもよいほど早い時期に卒業した人々です。

今日でも欧米で読まれ続けているBushido: The Soul of Japanの著者の新渡戸稲造もその1人です。
彼らの受けた教育は一番よくできる言葉は母語の日本語でなく、英語であるような人間を生み出したのです。
彼らの卓越した英語力と日本を後進国として見下しているような欧米人に対する反発のゆえに、この世代が日本文化についての欧米人向けの英文著作を出版する最初の、そして彼らの英文著作に対する需要が今日でも絶えないという意味で、もっとも成功した世代になったのは皮肉です。
新渡戸、内村鑑三、岡倉天心といったこの世代の日本紹介者の著作に問題が多いのは私には自明のことに思えますが、そのことに注意を払う人は少ないようです。

しかし、この世代の受けたような教育は、長続きしませんでした。
1890年代の半ばぐらいまでにはエリート教育の場であった旧制高等学校においても母国語による教育が制度上確立され、英語が教授用語としての地位を失い外国語という一科目になりました。
明治初めから第二次大戦後に至るまで、日本国内で将来のエリートとして教育された人々の英語力が低下し続けたことはこのような変化の反映です。
第二次大戦後の教育改革によってエリート教育機関と非エリート教育機関というはっきりとした区別はなくなりましたが、現在にいたるまで普通の学校では授業で英語を習ってだけでは、英語が使えるようにならないほど少ない時間数しか英語の時間がないことも、実は明治初期のエリート教育に見られたような極端な自国語と自国文化の軽視に対する反省の結果が守られてきたためと見ることができます。

自国の言葉や文化を犠牲にしてでも日本人は、外国語、特に英語、が出来るようにならなければならないという論は、日本人の自信喪失の時期に生まれました。
1870年代始めの森有礼の日本語を廃止して英語を国語に、という論や、敗戦直後の混乱期の1946年に発表された志賀直哉の、森有礼の提案が採用されて英語が日本の国語になっていたらどんなによかっただろうという論などもその例です。
21世紀に入ってからの英語第二公用語論などの極端な提言も、1990年代になってからバブルがはじけ、日本が長期的な不況に見舞われ、失業者や犯罪の増加、貧富の差の拡大などによって日本人が多少自信喪失の状態になってからうまれました。

英語の習得が外の色々な大切なこととの比較においてどの程度重要かは私達が、1人1人の問題としても、社会全体の問題としても、よく考えて見る必要があることだと思います。
1890年代半ば以来、日本の学校教育において暗黙のうちにも守られてきた母国語と母国語を通して伝承される文化の重視という原則は、英語の重要性が多くの人に切実に感じられるようになった「グローバリゼーションの時代」といわれる今日でも崩すべきでない、母語の日本語を習得したうえでの外国語でなければ、私達の人生、文化を豊かにするのに役立たないというのが私の考えです。

講義風景


太田雄三先生講義「英語と日本人」

太田雄三先生の講義の様子

太田雄三先生と質疑応答


太田雄三先生講義「英語と日本人」2

十四代中里太郎右衛門と太田雄三先生

太田雄三先生を囲んで懇親会

プリンタ用画面
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チェンバレンとハーン、明治日本を見た二人の英国人
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