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「人の心、藻の心」

  • 開催日時:平成18年12月4日(月)午後7時〜午後9時
  • 開催場所:唐津ビジネスカレッジ(JR東唐津駅前)
  • 参加費:2,000円(大学生以下1,000円)

講義要旨

海を渡って日本に来た我々の先祖の心は、古来海に向かい藻(も)に向いた。
海や藻を生命の源とし、清浄と考え、神聖視した。
その代表が「ホンダワラ」で、出雲佐太神社では神事や身を浄めるお祓いに用いる。
御幣の起源であろう。
元来ホンダワラは食用で、壱岐・対馬で「も、Mo」、韓国南部で「Mol」、済州島で「Mom」と言い、ソウルで藻全体を意味する「Mal」も同語源である。
韓国食における多種多量の利用状況から見て、ホンダワラ、ひいては海藻文化は本来、韓国由来であろう。

ワカメを刈って神前に供える和布刈(めかり)神事も日本人と海藻のつながりの深さを考えさせる。
長門の住吉神社と門司の和布刈神社では旧暦正月元旦未明、出雲の日御碕神社では旧暦正月五日昼に行われる。
万物に先立ち海に生える清浄なワカメを刈り、神に供えた後、人間が食べて身を浄め、一年の無病息災、航海の安全、大漁を祈る。

古事記では、大国主が國を譲り黄泉の國に行く前に、海藻の「海布、め」と「海蓴、こも」を用いて火を起こし料理が作られる。
ここで、海布はワカメ、海蓴はカヂメのことと推定される。
黄泉の國は死の國だが、再生の國でもある。
全ての生命は死んで、分解された後、新たな生命に生まれ変わる。
再生循環の境目で海藻を使い火を起こす事には、旧年から新年への境目で行われる和布刈神事と共通の意味があるだろう。
古代日本人の藻に対する心を述べたが、藻にも心があるだろう。
心の起源が、食欲と性欲に関する「快」「不快」の感情だとすると、1個のバクテリアにも心があるだろうし、まして藻には心がある。
藻を食べ、藻を利用する事により、藻の心が人に乗り移り、清浄になる、と古代日本人は考えたのではないだろうか。
生存闘争の原理に基づく西洋肉食文化に対し、古代日本人の藻食文化は自然と調和しており、現代人に重要な指針を与える。

その他、ミカヅキモの恋から学んだ人間の不妊治療の話や薬になる藻にも触れたい。

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