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「牧水と現代」

  • 開催日時:平成18年10月14日(土)午後7時〜午後9時
  • 開催場所:唐津ビジネスカレッジ(JR東唐津駅前)
  • 参加費:2,000円(大学生以下1,000円)

講義要旨

若山牧水は近代歌人の中でもその名をよく知られた歌人である。
なにより人口に膾炙した名歌と言われる作品がある。

幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅ゆく
白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

この2首を知らない人は少ないと思う。
短歌や文学にとくに関心をもっていない人でも記憶のある歌であろう。
牧水作品であることを知らないでもこの歌を知っている人がある。
詠み人知らずの名歌になっているのである。

どんな歌が名歌か。
調べがよくて唇にのせやすいこと、多くの人の共感を得る内容がもりこまれていること、その意味では親しくわかりやすい作品であることが名歌の条件に違いない。
自ずと人びとの間に広まっていく条件である。
しかし、本当は名歌である大切な条件がもうひとつある。
それは親しくわかりやすい作品に見えて、人間と人生についての奥深い真実を蔵していることである。
だから幾度読んでも新鮮だし、読むたびに感銘があるのである。
それもさまざまな境遇にある老若男女が。

そんな名歌を牧水は23歳で詠んだのだった。
そして、有名になった「幾山河」「白鳥は」の2首だけでなく、知られざる名歌というべきか、名歌になって当然の作品が数多くある。
牧水の15冊の歌集に収められた約7000首の作品は秀歌の輝かしい宝庫と言っていいのである。
牧水は若くて名歌を詠んで、それらが有名になって、他の作品はあまり読んでもらえない歌人になってしまったというふしもないではない。

「幾山河」の歌の魅力は、逆説的に聞こえるかも知れないが、寂しさのはてる国はない、否はてる国などなくてもよいというほどの誇らかで生き生きとした心にあると思う。
それはこの1首を第2句と第4句で切れるいわゆる57調のリズムで声に出して読んでみれば、よりはっきりする。
第4句でいったん切れた後の結句「今日も旅ゆく」の何という力強さ。
そして、次のようなこれまた人口に膾炙した歌を読むとき、じつは寂しさとあくがれが同根のものであることがわかるのである。

けふもまたこころの鉦をうち鳴しうち鳴しつつあくがれてゆく

あくがれと寂しさは一枚のコインの表と裏と言っていいだろう。
大きな宇宙と自然の中に生きるいのちの有限性の痛切な自覚がそのコインに輝きを与えている、と牧水作品を読んでいると思えてくる。
「白鳥は」の歌の白の輝きもそれである。

そんな若山牧水の作品の魅力と現代的意義について考えてみたいと思う。


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