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「動物ドキュメンタリー -語りの比較文学-」

  • 講師:マリア・ヘスス デ・プラダ=ヴィセンテ(Maria-Jesus De Prada Vicente)
  • 開催日時:平成17年11月28日(月)19時00分〜21時00分
  • 開催場所:唐津ビジネスカレッジ(JR東唐津駅前)
  • 参加費:無料

講義要旨

日本文学は日本という国家の誕生と同じ時に生まれた。
それは8世紀のことで、新羅が百済を滅ぼし、中国では唐が巨大な帝国となった時である。

そのとき、ヤマトは「日本」という独立国になる決心をした。
そのヤマトの指導者とは、朝鮮半島から下ってきた騎馬民族である。
したがって、文学に限らず、日本文化一般には騎馬民族の残した影響が大きい。

しかし、それだけが日本文化ではない。
実は、騎馬民族が征服した土着の人々、すなわち、「倭人」の文化も残ったのである。
「倭人」の文化は農耕文化で、その文学は温和で叙情的である。
これに対して、騎馬民族の文学は戦闘的で叙事的なのである。
しかも、騎馬民族は朝鮮半島の建国神話を日本列島へ持ち込んだ。
「古事記」や「日本書紀」はその結果である。

以上のことから、日本文学には二面があり、一面で叙情的、もう一面で神話的な文学が生まれた。
この二つの面は互いに対立するが、並んで存在してきた。
古代から現代まで日本文学のこの二つの極のあいだをゆらいできたのである。

奈良時代以降の日本文学は、朝鮮半島の過去を切り捨てて、中国ばかりをモデルにするようになった。
したがって、表面的に見れば中国文学の真似であり、しかも自分勝手な物真似である。

しかし、日本文学を理解するには、中国文学との関係だけを見るのでは駄目で、その根底にある土着の文化と、それを征服した朝鮮半島の文化を考慮しなくてはならない。
そうすれば、そこに新しい価値を見つけ出すことができるのである。
日本文学の価値を評価するには、その起源を見つけなければならず、東アジアの古代史の流れの中で日本文学がどのように生まれたかを見なくてはならない。

今回の講義では、その誕生のプロセスを見ていきたい。

講義風景


マリア先生講義「日本文学の誕生ー東アジア漢字文明のなかでー」

マリア先生講義の様子

マリア先生講義の様子

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