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今日からみた福沢諭吉

  • 開催日時:平成16年4月19日(月)午後7時〜午後9時
  • 開催場所:唐津ビジネスカレッジ(JR東唐津駅前)
  • 参加費:3,000円

師弟問答

先生のお考えでは、教育には宗教や哲学が基礎になければいけないということでしょうか。
私の考えでは、教育者は子供に基本的な善悪判断、あるべき姿などを伝えなくてはいけないのではないでしょうか。
そのためには宗教的、あるいは哲学的基盤は必要です。
現代日本の教育、いや現代日本そのものに哲学が欠けています。
江戸時代は朱子学という哲学が基礎でした。
何か宇宙的な規模の思想がなくては人は行動の指針を持つことができません。
独立自尊は確かに素晴らしいけれど民主主義の時代ですから他人の意見も尊重せねばならずつい周囲に合わせて自分をおさえてしまいます。
この問題をどう考えますか?
独立自尊は自分の立場を堂々と主張しますが他人の意見に対しては開かれた態度だと思います。
ただ、大勢に流されることは避ける態度だと思います。
民主主義は自己を抑制するだけでは成り立たないでしょう。
だれもが自由に意見を述べることができた上でなお他人の意見をも聞くという非常に難しい態度が要求されていると思います。
相当大人でないとできませんね。
福沢がああいう開明的な考えを持ったのは西洋を自分で見知ったからなのですか?西洋で何をつかんだのですか?
福沢が西洋の実情を知ったのはまず蘭学で知ったこと(科学精神)を実際に西洋社会を見て確かめたからです。
彼が西洋を見た時間は長くはありません。
しかし、西洋文明の骨格をしっかりつかんでいます。
それと、彼が西洋で買った本も役に立ちました。
彼は万人向けの歴史書などを買ってきたのです。
これを読んで、西洋の歴史の概要もつかみました。
では、西洋の歴史をつかむには何が役立ったかというと彼は子供の時漢文で中国の歴史書を愛読していました。
それで歴史の概略をつかむということに慣れていたのです。
戦後の教育の問題点は知性の後退なのですか?江戸時代の人より私たちは愚かなのですか?
日本の知性の後退の原因は戦後の教育にあります。
アメリカは日本が軍国主義にならないように民主教育を促進しましたがそのとき、日本の伝統の中の良いものを活かすということをしませんでした。
自分たちの過去の知恵から学ぶ以外に人間は進歩しません。
その点で、戦後日本は戦前よりも知性が衰えたと思います。
過去の悪いものは是正されねばなりませんがよいものは受け継いで、これを時代の流れに溶け込ませる努力が必要です。
宗教は大切だといっても、宗教なら何でもよいのでしょうか。
日本人の心は神道でしょうか?
宗教は二つの種類があります。
民族の結束を固め、ときには国家にも役立つ宗教(日本の神道、ユダヤ人のユダヤ教など)もありますし個人の目覚め、国家を越える宇宙意識の目覚めをもたらす宗教(キリスト教や仏教)もあります。
私の考えでは、日本は神道とともに仏教を大切にすれば人間として幅ができますが神道だけでは狭苦しい見方になってしまうと思います。
明治政府が神道を国家のために利用し、仏教を弱めたのは失敗だったと思います。

講師からのメッセージ

私たちは「文明」というと科学技術の発達を考えます。
生活があらゆる点で便利で、システムが近代化されている国、そういう国が文明国だと思っています。
しかしながら、これはごく最近の考え方で、しかもそれが本当に正しい「文明」観なのかどうかわかりません。
私たちはじっくり考えて見なくてはなりません。

たとえば聖徳太子は、日本人の精神を仏教によってレベルアップさせることを「文明」だと考えていました。
その後長い間、日本における「文明」は主に仏教の僧侶が担っていました。

江戸時代には儒教学者たちが「文明」を担いました。
「文明」とは文字通り「文」をもって物事を「明」らかにすることであり、「文」とは漢文のこと、漢文とは中国の古典を意味したのです。
江戸時代の人々にとっての「文明」とは、つまり儒教道徳をしっかり実践できる知識人となることを意味したのです。

では、西洋文明と直面した明治の日本にとっては、何が「文明」だったのでしょうか。
多くの人は、西洋諸国のように経済力と軍事力が強大であることが「文明」だと思ったようです。
すなわち、「富国強兵」が「文明」の中身であり、それ以外ではないと思ったのです。
日本の近代化はこの「文明」観に基づいてなされ、それにある程度成功したところで戦争に敗れ、戦後は経済力ばかりを強大にする形で同じ「文明化」の道を歩みました。
いまや日本が「文明国」でないと思っている人など、ほとんどいないでしょう。

ところが、福沢諭吉が明治8年(1875)に発表した『文明論之概略』を読むと、彼の「文明」観が近代日本人のそれとはかなり異なっていたことがわかります。
彼にとって「富国強兵」は文明でも何でもありませんでした。
「文明」とはそれとはまったく違うものだったのです。
では、彼の考えた「文明」とは何であったか。それは4月19日にお話したいと思います。

第一回「からつ塾」は山田洋先生の実に中身の濃い、しかも渋味の利いた江戸時代唐津の民間塾のお話でした。私たちの「からつ塾」は、まさにその精神を汲み、その再興をひそかに夢見るものです。

第2回目は福沢諭吉を語ろうと思うのですが、諭吉もまた緒方洪庵の適塾という民間塾の出身であり、みずから慶応義塾という民間塾を創設しました。
このことは国家主義の吹き荒れた明治という時代にあって、銘記すべきものです。

諭吉は義塾に政府の力が決して及ぶことのないよう、自給自足体制をつくりました。
政府の役人を近づかせなかったのです。

そこには、本当の意味での「学問の自由」「学園の自治」がありました。

「今の日本は、対外的にも、国内的も根本からおかしい」と思っている方は決して少なくありません。
そういう方々に、是非とも一万円札の人、「福沢諭吉の思想」を知っていただきたい。
それが私の願いです。

諭吉は今から1世紀半もまえ、開国、明治維新という激動の時代に、「日本はこの先どういう方向に進むべきか」を真剣に考え、しかも明確な答えを出しました。

その答えはどういうもので、それから今日私たちはどういうヒントを引きだせるのか。
それを皆さんに知っていただき、また考えていただきたい。

日本の近代化は諭吉の方針に従って進められ、諭吉こそは日本近代化の父である、と言われます。

一方、彼は「脱亜入欧」を叫んだがために、日本のアジア侵略の元凶だと非難もされています。
しかし、実際はどうであったか。

諭吉の思想はもっと奥深く、またスケールの大きなものでした。

諭吉の思想の最良の部分を皆さんにお伝えするために、以下のように話を進めます。

 
  • (1)今日の日本社会の問題点・・独立自尊の欠如
  • (2)「文明論之概略」に見る福沢諭吉の世界観
  • (3)福沢諭吉の価値観の根底にあるもの・・浄土真宗的世界観
  • (4)日本人にとっての宗教・・聖徳太子、祇王、諭吉の母
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