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からつ塾講義「脳科学と文学」(2012.12.10)

  • 開催日時:平成24年12月10日(月)午後7時〜午後9時
  • 開催場所:唐津ビジネスカレッジ(JR東唐津駅前)
  • 参加費:2,000円(大学生以下1,000円)※参加自由。当日直接お申し込みください
  • 講義資料(PDF)

講義要旨

ここ数十年の脳科学の進歩は驚異的なものがあります。
最近の脳科学者の関心は、これまでは哲学者の領域だった「意識」の問題に集中しています。
とはいえ、脳科学者が得ている「意識」に関する答えははなはだ不十分なものです。
それゆえ、彼らは哲学者やコンピューター技術者、さらには文学者や音楽家との対話を求めており、その要求に対してわれわれは誠実に応答する義務があると思われます。

脳科学の最先端にはアメリカやヨーロッパの学者が多く、それゆえ彼らが入手できる文学情報は、たいてい西洋文学に限られています。
私のように日本文学の情報を持っている者が珍重される所以です。

脳科学は「意識」の発生を説明するいくつかの理論をすでに持っていますが、それは人間一般における「意識」の解明ではあっても、そこに言語が介入することで、それがどのように変化するのかということについては、まだ十分わかっていません。
まして、英語を母語とする人の「意識」のあり方と、日本語を母語とする人の「意識」のあり方とのちがいなど、文化的な領域についてはほとんど何もわかっていないのです。

文学情報は、文学が言語に依拠しているだけに、きわめて文化的な情報で、それゆえに脳科学者にとっては興味深く、しかも未だ解明されていない領域です。
日本文学の情報は、ですから彼らにとってきわめて重要なのです。

脳科学の「意識」理論のなかで有力な一つとして、「意識」の発生を脳の生体調節作用に求めるのがあります。
生体調節は無意識に自律神経系によって行われるわけですが、そのときほとんどの生物の身体は「情動」(emotion)を経験します。
その「情動」が脳のなかでの「映像」(image)の創造をうながし、そこに「意識」が生まれるというのです。
人の場合は、その「意識」を脳が再度「意識」する。
そのとき「情動」は身体レベルを超えて「感情」(feeling)となる。
やがてその「感情」が「思考」を生むとともに「記憶」され、最終的に言語化されて「自己意識」が目覚めるというのです。

この理論は心身を二つにわけ、精神は肉体とは別ものだと考えてきた西洋人には受け入れにくいものです。
しかし、人間を自然の一部と感じ、人間の思考も感情も自然のあらわれと心のどこかで思ってきた日本人にとって、少しも驚くべきものではないでしょう。
日本の文学を調べてみれば、言ってみれば生物学的な「意識」を記述したものが見つかります。
そもそも、日本語自体がそのような「意識」を根底にしてできている趣さえあります。
今回はこうした問題を、具体的な作品のなかに探ってみたいと思います。

講義風景


大嶋仁先生講義「脳科学と文学」

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